鉄棒の話

ぶっきらぼうに鉄棒と書いてしまいましたが、何のことかと言うと、器械体操の鉄棒のことです。
小学生の頃、私が一番好きだったのはサッカー、野球などの球技でしたが、実は鉄棒も得意だった。
鉄棒が好きな子どもも珍しいと思うが、後に体操部に入った友だちと一緒に、当時住んでいた近くの公園で次々と新しい技を開発していた。
と言っても、新しい技と思っていたことは、後から見ると大抵「背面逆上がり」などと正式な名前がついていた。
年寄りが昔のことを自慢するようで少し嫌なんですが、後半に関係してくるので、少しだけ我慢してください。
「飛行機飛び」「巴」「こうもり」など、当時の技をを思い出します。
「こうもり」は膝の裏に鉄棒を挟み、両手を離して身体を振って手を付かずに着地するという技なんですが、これは直ぐにできるようになった。
ところが、その友だちが『鉄棒の上に座って両手を離して後ろに倒れて、膝の裏で鉄棒を挟んで回転し、手を付かずに着地しよう』と、とんでもないことを言い出した。
これは正直怖かったが、暫くして二人とも結局できるようになった。
しかし最初、私は一人で児童公園の鉄棒で、『えいや!』とやってみたが、足が外れて頭から落下して痛い思いをしてしまった。
やはり、怪我をしないためにも年長の補助者などと一緒に練習した方がいいですね。
それで、その現場を見ていた年下の子どもがいたようで、何日かして再びその児童公園に行ったら、離れたところで指差して『あの人、この間鉄棒から落ちた人だ』などと言っている。
少しむかついた。
・・・・・
その後、暫く鉄棒からは離れていたが、中学校の体育で「蹴上がり」の練習をすることになった。
「蹴上がり」は見ていて格好がいいが、難易度が高く、自分ではまだ無理だと思っていた。
案の定、クラスの男子生徒で「蹴上がり」ができる人は、1人いるかいないかであった。
が、何度目かの授業で、できる人が増えてきた。
私も、「よじ登る」という感じで、格好がいい訳ではないが、60~70%くらいの割合でできるようになった。
できるようになった理由は、「手首を返す」という自分なりのコツが分かったことだ。
思えば「背面逆上がり」の時、最初に鉄棒を掴んだ状態のままだと、力を入れてもいつまで経っても上に上がれないことに気付いて、「手首を返す」ことを覚えてできるようになったことがある。
多分、最初の掴み方だと、力を入れても鉄棒の上に上がる方向にうまく力が働かないのだと思う。
それで、「蹴上がり」でもやってみたところ、動きがあるので難しいが、何とかできるようになった。
ちょっとしたことだが、「できる」と「できない」の違いは、子ども心に大きな違いだ。
コツについては、これくらいのことは誰か教えてくれれば良かったのにと思うが、できる人はそんなことを考えず、やっているうちに自然に身体が覚えてできるようになったのかな、と思う。
・・・・・
今の地に来て、近くの児童公園に行った。
当時から40年くらい経っている。。。
今は鉄棒など全くできない。
以前は、8回くらいは普通にぶら下がり懸垂ができていたが、今は0回。
中年になって太ったからだと思う人がいるかも知れないが、事実は逆で、筋肉が溶ける症例が発生したためで、今までの「やや肥満」から10数kg痩せて「痩せ」になってしまった。
それで、筋トレと五十肩の再来を克服するため、今の近所の児童公園で「斜め懸垂」や「ぶら下がり」をやっていた。
少し高めの鉄棒に私はいたが、繋がっている低めの鉄棒に小学校の中~高学年の男の子と若い母親がやって来た。
いきなり子どもが逆上がりを行い、『元気があって、いいな』と思ったが、母親が急に『逆上がりは順手で行わなければいけないんでしょう?』と真顔で私に話し掛けてきた。
突然のことなので、『正式には、そうだと思います』と曖昧に答えてしまった。
すると、その子は何も言わず、順手で逆上がりをしたが、最後で鉄棒の上に上がることができず、元に戻ってしまった。
咄嗟に、昔の経験から『鉄棒の上に上がる時に手首を返さないと上がれないよ』と身振りを交えて言ったところ、その子は無言で行動に移し、逆上がりができた。
思わず『凄い!』と言ってしまった。
母親は『ありがとうございました』とお辞儀をして、二人とも帰っていった。
「えっ?」と思った。
私がその子なら、筋力が回復する5分程して成功率70%くらいになって、「できる」という自信を持ってから帰るのだが、鉄棒にそれほど執着はなく、小学校の授業で指摘されたことを解決したということなんでしょうか。
ま、私の言ったことで、もやもやが少しでも解消したのなら、それはそれで良かったと思う。
以上、自己称賛の話でした。
この母親が何故話し掛けてきたのかと少し考えたところ、恐らく同じ町内のおっさんだろうと安心していたからかな、と思った。
たまに市の中心部に行くと、時間に余裕がある時には、私はぼーっしてとチンタラ歩いていることが多い。
それで、話し掛けやすいのか、道を尋ねられることが他の人より多分多い。
井上陽水ではないが、方向音痴の私に道を尋ねるとは『あなたも運の悪い人だ』と気の毒に思う。
途中に何があってどう進んだらいいか、とか訊かれると順番は覚えていないのでお手上げだが、○○町の〇〇ビルの〇〇はどこですか?と訊かれると、そのシーンが思い付くことがあって、半分くらいは役に立ったと思う。
何の話かよく分からなくなってきましたが、人はそれぞれ都合があって行動しているのだろうと改めて思ったということです。
[おまけのクイズ] 今日は一見マジメな文学関係の問題です。
でも、私は読んだことは覚えていても、内容や読後自分がどう思ったかということは、全く覚えていない。
最近は小説を読む元気がありませんが、以前、どんな小説を読んでいたかな、ということで思い付いた、また曖昧な記憶に頼った問題です。
間違いがあったら申し訳ありません。
①「夜になってミッシェルは話し始めました」で始まる小説名。
②「親があっても子は育つ」と言った戦後の日本の作家。

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