帽子は嫌い(一部修正)

私は帽子が好きではありません。
子どもの時に、「刷り込まれた」のかと思っていましたが、20ほど歳が離れた後輩が、何かの文脈で、「僕は帽子を被った人が嫌いなんです」と言っていたので、満更そういうことではないのでしょう。
建物の中やTVのスタジオで帽子を被っている人を見ると、嫌悪感を感じて、TVならすぐに切ってしまったりしていました。ファッションだとしても、ちょっと嫌です。ジェロも好きでしたが、あの帽子姿は嫌でした。
TVは別にして、案外年寄りにこういう人が多いのが意外でした。頭髪を隠すためか、脱いで手に持つのが面倒なのかもしれませんが、酷い人になると、帽子を被ったまま病院や市役所などの公共施設、ケータイショップのカウンターに座って電話をしながら、手続きを行っている人がいます。
私は、みっともないと感じています。
ちなみに、プロ野球の試合などでは、ナイターにもかかわらず帽子を被っていますが、それについては全く違和感はなく、当然だと思っています。被らない方が、格好悪いと思います。「キャプテン翼」でゴールキーパーの「若林」が帽子を被っていたと思いますが、それも気になりません。
WIKIによるとエチケットとして、「もしその人物が家の中に入って来て、帽子を脱ぐようなら真の紳士。
帽子を脱がないのなら紳士のふりをしている男。
そして帽子をかぶっていない人物は、紳士のふりをすることさえあきらめている男。」
というのがありました。
私は3番目ですね。
さて、そうはいっても、真夏の暑い時期に屋外で作業をしたり、長時間歩いたり、スポーツをする人は、やはり帽子を被った方がいいと思います。
私が気になるのは、あくまで屋内での話です。
私が子どもの時、夏休みに親の実家に何日か遊びに行ったことがあります。かなりの田舎だったんですが、毎日、帽子を被らず小川や小高い山などを遊び回っていました。すると高熱が出て、酷い寒気も来て、結局医者が往診してくれて注射を打ち、「日射病ですね」と言われてしまいました。
やはり帽子を舐めてはいけないと思いました。
かなり年上の、もう高齢者に近い方と車に同乗した時に「何故、車の中で帽子を被るんですか?」と訊いたことがあります。すると、「夏場は車の天井が焼けて、頭が暑いんだ」と言われました。
今まで不思議に思っていたんですが、なるほど確かにそういうことはあるかもしれませんね。
まあ、それぞれ事情(特に外見からは分らないようなことも)があってのこととは思いますが、周囲を気にしての行動はして欲しいと思います。
私は、ファミレスなどに冬季に入る時には、入り口でコートを脱ぎます。
誰に習ったという訳ではありませんが、案内された席で脱ぐと、周りで食事をしている人にゴミが散らかるような気がして、他の客に不快な思いをさせるのでは、との思いからです。
こんなことは当たり前のことかもしれませんが、無頓着な人もいるので、そんな感覚を持つ人が少しでも増えてくれれば嬉しいです。

ブログの不具合について

前回触れることができなかった、この度のブログの画面の不具合についてお話したいと思います。
いつも話があらぬ方向へ飛んでしまって、まとまりのない文章になってしまうのを反省して、不具合の原因などについて、項目ごとに話をしようと思います。うまくいけば、学習効果を伴った凄い進歩だと思います。
まず言っておかなければならないのは、私はpcについて殆ど知識がない、ということです。要するに全くの素人なんです。だから、原因についても本当はよく分からないのですが、netで検索してみて、こういうことかな、という程度のことを言うだけです。余り面白い話ではないので、関心のない事項は適当に飛ばしてください。
(1)HTMLの存在とその内容を知らなかったこと
(2)設定などの更新に2~3日かかることがあることを知らなかったこと
(3)広告欄などを貼ろうとして、いろいろと弄ったこと
(4)その他コメント欄などの設定についての説明
(1)について
「人気ブログランキング」の政治欄にはよく行くのですが、ブログはそんなに難しいものではなく、自分の好みのデザインや書式の設定をマウスを使って行えば済む、くらいに思っていました。しかし、この設定や変更が、かなり面倒なことが分かりました。今、入力している画面の上に「文字の拡大」「太文字」などのアイコンがあり、これを使ったところ、入力画面では分からないんですが、大きな文字が被るような状態で最初の記事をupしてしまいました。私は視力障害がある訳ではないんですが、自分のpcの文字が見にくいので、150%拡大のゴシック体にしており、当たり前のように拡大・太字にしてしまったんです。
どうやって解決したかは忘れましたが、多分その設定を苦労して外したんだと思います。
私のpcでは背景色が眩しいので、Windowsの設定を外して、やや黒っぽいグレーの背景色にしています。
Windowsの言うとおりにするのが嫌だという、ひねくれた気持ちもあります。
ここで何故か、ドラゴンボールZでベジータが「俺に指図するな!」と言い放った場面を思い出しました。
ここからが問題で、今度は自分のブログの文字の色が薄いことに気付き、netで調べたところ、htmlに入って、このコマンドを貼り付けたらいい、というのがありました。htmlというのは、textと違って画像も保存できる書式くらいの認識だったんですが、指定の場所に入ってみると、「何じゃ、こりゃあ」の世界でした。コンピュータ言語だったんですね。凄い行数のコマンドが書かれていました。昔、見たことがあるbasicのように「if文」とかもあるし・・・。これは手に負えないと思った次第です。
Seesaaに先月加入して、このブログを書いている訳ですが、何故、新システムでないのか不満を持っています。
そっちの方が操作が簡単だと思うので。
無料ブログを何故Seesaaにしたかと言うと、消去法で決めました。
行ったことはないけどAmebaでは「なでしこりん」さんが削除されたらしいし、So-netでは余命さんが同様なことになったし、FC2は、創業者の米国在住の親子だったかが捕まったらしいし、ということを考えた結果です。
(2)について
見出しのとおりなんですが、場合によっては変更の設定が2~3日かかるということ知らず、netで調べながら、この数値にが一番大きいから、多分これが頁の幅だろうな、などとやっても変化がないので、それではこうしてみよう、といろいろやってしまったので、現在どの時点の変更が反映されているのか分からない状況です。
頁やツイートなどのアイコン(まとめてソーシャルボタンと言うことを今日知りました)が被っているのは、恐らく、トップページの表示件数などを変更して入力したためだと思いますが、以前は、前の記事、その前の記事と表示されていたのに何故こんなことになったのか分かりません。時間が経過しても直らなければ、調べるなり質問を送ったりして対応したいと思います。
(3)について
右のサイドバーに何もないのは、何かストイックな感じがするので、広告を貼ることにしました。
ただ、Seesaa内蔵のカレンダーを貼り付けようとしても、下に落ちてしまったので簡単にはいかないような気がします。
幸いGoogleアドセンスの審査に通ったので、それを貼ろうとしてるんですが、このことに関連して、サイドバーの幅を弄ったのも、今回の不具合の原因かもしれません。
アドセンスは、1クリック多分何円かの収入がブログ主の収入になる仕組みのようです。私はあちこちのブログに結構行きますが、ブログランキング以外クリックしたことはありません。ですから、クリックするのは、せいぜい1,000人に1人くらいだと思っています。従って、収入の方は期待していません。もし、閲覧数が月10万とかになれば、少し考えますが、そんなことはあり得ません。
余り当てにならず、過大な数値を示すと言われるSeesaaのアクセス解析というのが付いているのですが、私のブログを訪問してくれているのは、日に5~10人、記事をupした翌日で、20人くらいだと思っています。ありがとうございます。
アクセス解析では、例えば、Win8.1から1日何件のアクセスがあった、という程度のことしか表示されないので、ご安心ください。
余談ですが、「アフィリエイトで稼ごう」という記事をよく見かけます。こちらはブログを訪問した人が、掲載した広告に入って、商品を購入したら報酬が貰えるというsystemらしいです。報酬率も高いようです。
しかし、私は自分が特に気に入って人に勧めたい、と思う商品以外を販売して利益を上げようとするのは、性に合わないので、行う気はありません。
自分がブログの訪問者の立場で、気になる商品の広告があったとしても、よほど恩義がある人のものでなければ購入することはなく、価格.comやアマゾンなどで調べて購入すると思います。
また、「人気ブログランキング」で『日々の出来事」のカテゴリーのほかに「政治」欄にも参加しました。
もう少し訪問者を増やしたいという気持ちもあってのことですが、最下位に近い位置では、それも期待できません。
一番の思いは、自分がよく訪問する「政治」欄のカテゴリーで、終わりの方とはいえ自分のブログの枠がある、という自己満足です。
よく、ブログランキングのポチをお願いします、と書いているブログがありますが、あれは一体何なんでしょうか。名誉欲なのか、スポンサーが付くようになるのか、アフィリエイト収入を増やしたいということなんでしょうか。
(4)について
コメント欄に「ブログ主の承認がいる」としたのは、不快な表現のコメントを排除したいためです。訪問された方も、そんなコメントを見るのは嫌でしょう?
前後しますが、「コメントを書く」の欄は、名前は適当なものでいいし、毎回変えても構いません。
メルアドやHPアドも空欄で構いません。
記事について、感情的な中傷だけのコメント以外は歓迎します。
厚かましいお願いですが、よろしくお願いします。
なお、公開を希望されない方は、その旨記入していただければ、「非公開」にします。
また、余計なことを言います。juinppmのことです。
juin(ジュアン)と言うのは、フランス語で「6月」という意味なんですが、言葉の響きが気に入って使っています。
しかし、yahoomailでは既に使われているらしく、その後に日付でも入れようかと思ったんですが、ふとPPMのことが浮かんで、ppmを加えたところ、O.K.となりました。
PPMはPeter,Paul & Maryという米国のグループです。ロックの全盛期に「puff」という軽妙な曲を発表しましたが、後で聴いてちょっといい曲だなぁと思っていました。政治活動もしていたようですが、その辺りは考慮せず、使ってみました。
今回は言い訳のようなことばかりで、メリットもなく、面白くもなかったと思いますが、お許しください。
またの再会を楽しみにしています。

Let It Be への思い

私は、ビートルズの曲が好きです。
年代的には、かなり上の世代が熱狂していたらしいのですが、私が「The Beatles」に出逢ったのは、昭45(1970)年にビートルズが解散して、相当の年月が経ってからです。
ビートルズが昭和41(1966)年に来日して、武道館でコンサートを行い、その前座を「ドリフターズ」などが務めたことも、当然知りませんでした。
「A Hard Day’s Night」を聴いた時には、「like a dog」「like a log」と英語の歌でも韻を踏むことがあるんだな、と思ったり、賑やかな曲とは裏腹に、何かどうしようもなく、やるせないようなものがあるように感じました。
ところで、私が文中に昭和と西暦を入れるのは、自分も読む方にも分かりやすいと思うからです。
例えば、今年は昭和で言うと、昭和90年になるので、生まれ年などを聞くと、すぐに年齢や何年前かが分かります。
知っている方も多いでしょうが、昭和に25を足すと西暦になります。さらに、これは多分「ザ・ボイス」の飯田アナウンサーが言っていたと思うんですが、平成に88を足すと西暦になります(なるほど)。
脱線ついでに、西暦に660を足すと、皇紀での年になります。今年は皇紀2675年です。
神武天皇が即位した年から数えるようです。皇紀2600年は昭和15(1940)年で、この年にゼロ戦が開発か配備かがされたので、その名が付いたらしいですね。
話を戻します。
Beatlesの好きな曲にはいろいろありますが、「Let It Be」は、とりわけ気に入っていました。知人とカラオケに行って、「また、Let It Be か」と言われても気にせずに歌っていました。
私はスマホなどは必要性を感じないため持っていないので、今では自分の部屋で、もっぱらpcで動画の検索をして聴いています。
動画にBeatlesのアルバムの写真を貼り付けて、Coverとも書かずに別人が歌っているのは止めて欲しいですね。
私は大体バックグラウンドとして聴いているので、画像はなくてもいいくらいなんですが、「あれ、前奏の演奏や声が違う」と思って、別の動画に切り替えることが時々あります。
ちなみに、Beatlesのアルバムで一番売れたのは、日本では「Let It Be」ですが、世界的には「Abbey Road」らしいです。
Let It Be の終わりの方の、
And when the night is cloudy
There is still a light that shines on me
Shine on until tomorrow, let it be
I wake up to the sound of music,
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom, let it be
の辺りが特に気に入っています。

I wake up to the sound of music」の「to」は、文法的には「~に合わせて」という意味で使われている前置詞だと思うのですが、違うでしょうか?
「Mother Mary」は普通に「聖母マリア」と思っていましたが、ポールの母親が「Mary」という名前で、夢の中に出てきて曲を作るヒントになったとポール自身が語ったという話があるようですが、本当でしょうか?
まあ、曲を分析するのは余り好きでないし、無粋だと思うので止めようと思います。
何かと拘りがちな、こういう性格が人に嫌われるのだと思います。
多分、要らぬことは思っても喋らないというのが、良い人間関係を保つ秘訣なんでしょうね。
前の記事で、「(あの時)言っておけばよかった」と後悔しない方に軸足を移す、と言いましたが、やはり何事にもバランスが必要だと痛感しています。
ただ、もう1つだけ言わせてもらうと、それがこの記事をupした理由なのですが、それは、記事のタイトルそのものです。
「let it be」は大抵、「なすがままに」とか「あるがままに」と訳されていますが、今の私は「自分を変えたい」と思っているので、ここに非常な葛藤を覚えるのです。だから、この曲を聴こうと思う時、抵抗を感じるようになってしまうのです(結局は複雑な気持ちで聴いていますが)。
前に自分のことを、キリスト教に関心を持つ者と言ったことがありますが、私は毎日のように、『祈りの園』のHPへ行って、ペトロ神父の日替わりの話を読んでいます。
その中で、ある時、誰かの祈りの引用をしていました。詳細は忘れましたが、大体次のような内容だったと思います。

主よ、私に変えることができるものを、変える勇気を与えてください
変えることができないものを、受け入れる寛容さを与えてください
そして、変えることができるものと、変えることができないものを 見分ける分別を与えてください
少し記憶違いがあると思いますが、私には響く言葉でした。
まあ、「let it be」にも「変えることができないものを、受け入れる寛容さを持ちなさい」という意味があるのでしょうが、どうも私はひねくれていて、「今のままでいいんだ」とか「気にせず放っときなさい」と言う意味に取ってしまいがちです。
私は「自分を変えたい」、「変えることができるものは変えたい」と、もがいているので、このフレーズに少し複雑な気持ちを抱いてしまっているのが今の状況です。
「変えることができないものは、抵抗せず受け入れなさい」というのは、あちこちの人生訓などで書かれていますが、私もそのとおりだと思っています。
・・・・・
ブログの初心者のため、デザインが崩れたり、再upになってしまったりと、ご迷惑をかけ、申し訳ありません。
なお、今回は、前回の教訓からUSBに保存していたので、全て記憶に頼って書き直すという悲劇は避けられました。少々、加筆・訂正してupします。