伊方原発:運転差し止め仮処分決定はおかしい

今年は、豊洲問題を始め、政治家やメディアによって科学的合理性が毀損されることが目立った年だったように思う。
そして、年末を間近にして高裁初の、原発の運転を差し止める仮処分決定が下された。

netでニュースのコメント、ブログやTwitterでの意見を見てみると、やはり私と同様、『この決定はおかしい』という意見が多いようだ。

その意見を少し整理してみると、次のようになる。

①科学的合理性について、知見のない裁判長がおかしな決定をした。
②裁判所が踏み込む対象ではない。法律制度がおかしい。

①、②について、Twitterで「伊方原発」で検索して、主に「いいね!」が多かった意見を挙げてみる。

①について

・伊方原発。広島高裁決定要旨。信じらんないレベルの低さ。阿蘇山噴火の火砕流だけで理由組み立ててる。地震動とかも言ってると思ったらゼロ。こんな論理で数百億円がふっとぶのは犯罪に近い。これは特殊な技術裁判所作らない限り無駄だろう。
伊方原発運転差し止め仮処分の直接的原因をざっくり言うと「阿蘇山が噴火したら危ないから止めます」と言う物。阿蘇山から伊方原発までは130km離れている。ハッキリ言えば阿蘇山が伊方原発に影響が出るほどの大噴火をしたら九州は壊滅状態でそれどころじゃない。ポンコツ裁判長と言わざるを得ない
・伊方原発に何らかのダメージを与える規模の阿蘇噴火が起きたら、原発事故なんかより気にしなきゃならない事がいっぱい起きていそうな気がしますが

②について

・判決に疑問である。国家のエネルギー政策は高裁の裁判官が判決を出す内容ではない。「統治行為論」もあるべきである。仮処分の決定で運転できない期間が続くと、1か月でおよそ35億円の損失が出る。
・伊方原発から100km離れた広島市民(4人?)が起こした仮処分申請に対して、130km離れた阿蘇山の9万年前の噴火を理由に8か月間運転を止めろと言う仮処分なんですね。
・愛媛県の原発の差し止めを「広島県(など)の4人」が申し立てて認められたのかよ。もうなんでもありだな。

②で出てくる「統治行為論」は、『高度の政治性を有する案件については裁判所は判断しない』というもので、選挙により国民の信任を得た国会議員が国会で内閣を信任しているのだから、裁判所は口を出さない、ということで合理性はあると思う。

ただ、一般的に言うと、統治行為論を多用すると裁判所の存在意義が疑われることになるし、重要な政策変更の局面で、必ずしも衆議院の解散総選挙が行われることが担保されている訳ではない、という懸念がある。

この度の決定について言えば、①と同時に、②が大きな問題だと思う。
仮処分の適用対象とするのはおかしい、ということだ。

高度に専門的な原発の安全論争は、概略的な証拠に基づいて進められる仮処分になじまない。広島地裁も指摘している点である。適切な助言として尊重したい。
また、仮処分は、申請する側に危険が急迫していたり、著しい損害が見込まれたりする場合に、それを回避する法的手段だ。規制委の厳格な安全審査に合格した原発を、仮処分の適用対象とするのは、そもそもおかしくないか。「産経ニュース2017.4.1

日本弁護士連合会のHPによると、この度の決定について、広島高裁が『周辺住民の人格権侵害に基づき、運転の差止めを命じる仮処分決定を言い渡した。』とされている。

「仮処分とは、債権者からの申立てにより、民事保全法に基づいて裁判所が決定する暫定的処置である。」ウィキペディア

私は本来、仮処分の決定は債権者(申立人、申請人)と債務者だけの話だと思っていましたが、違うのでしょうか?

もしそうであるならば、今回の決定は広島市などの4人の住民の人格権侵害の恐れのために、四国の住民と企業、そしてその人々と取引などで関係のある1000万人超の人々のことは考慮されることなく決定したということで良いのでしょうか?

公共性、公益性が高いものや、国の政策に関わるものなどは仮処分の対象外だと思う。
一裁判長の決定で、国のエネルギー政策などが止まってしまう制度はおかしい。

もう少し書きたいことがあったんですが、引用が多くて長くなってしまったので、やめておきます。
失礼しました。

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